個別記事の管理2018-05-12 (Sat)
2018年5月12日(土)

初台の新国立劇場へ。
この劇場に来るのは、実は初めて。
かなり前に、オケを聴きにオペラシティに来たぐらいで、
劇場にはご縁がありませんでした。

さて、今回のお芝居。

ツイッターで評判を見ていて、どんなものかと興味を持ったのですが
チケットは既に完売。
運よくチケットを譲っていただけることになり、今回の観劇が叶いました。
(お譲り下さった方、ありがとうございました!)

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上演時間2時間、休憩なし。
一幕ものってわけですネ。

予備知識無しのぶっつけ観劇だったのですが、、、、

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原作 ジョージ・オーウェル
脚本 ロバート・アイク、ダンカン・マクミラン
翻訳 平川大作
演出 小川絵梨子

美術 二村周作
照明 佐藤 啓
音響 加藤 温
映像 栗山聡之
衣裳 髙木阿友子
ヘアメイク 川端富生
演出助手 渡邊千穂
舞台監督 澁谷壽久

出演:
井上芳雄 
ともさかりえ 
森下能幸 
宮地雅子 
山口翔悟 
神農直隆 
武子太郎 
曽我部洋士 
堀元宗一朗
青沼くるみ 
下澤実礼 
本多明鈴日
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あらすじ(公式サイトから転載)

時は2050年以降の世界。
人々が小説『1984』とその"附録"「ニュースピークの諸原理」について分析している。
過去現在未来を物語り、やがて小説の世界へと入って行く...。

1984年。1950年代に発生した核戦争によって、
世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国により分割統治されており、
その3国間で絶え間なく戦争が繰り返されていた。
オセアニアでは思想、言語、結婚等全てが統制され、
市民は"ビッグブラザー"を頂点とする党によって、常に全ての行動が監視されていた。

真実省の役人、ウィンストン・スミスは、
ノートに自分の考えを書いて整理するという、発覚すれば死刑となる行為に手を染め、
やがて党への不信感をつのらせ、同じ考えを持ったジュリアと行動をともにするようになる。
ある日、ウィンストンは、高級官僚オブライエンと出会い、
現体制に疑問を持っていることを告白する。
すると反政府地下組織を指揮している
エマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書を渡され、
体制の裏側を知るようになる。

はたして、この"附録"は誰によって、どのように書かれたのか? 
それは真実なのか? 
そして今、この世界で、何が、どれが真実なのだと、
いったい誰がどうやって分かるのだろうか......。
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以下、感想です。ネタバレします。

確かに、これはクる。

恐い。

恐いし、おぞましい。

見終わって少し経ちますが、いまだにぞわぞわと不安になるし、
心の中にずしーんと鉛を流し込まれたような状態が続いています。

この舞台を見る前と見た後で、私に見える世界そのものが根本的に変わってしまった。

ああ、私は変わってしまった、、、。

これが幸せなことなのかどうかは分からない。

知らなければよかった。
そう、無知こそ幸せ、無知こそ力、なのかも知れない。

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ざっくりとあらすじを振り返ると、
党が統制する世界に疑問を抱いた主人公が
反体制派に接触し、「この世界を変える為に!」と反体制派として忠誠を誓うのですが
(その反体制派の思想こそ今の党のスローガンに繋がっていて、
 これは無限ループものなのか?!と見ている側はギクリとしつつ)
結局、その反体制派の男が党側のスパイで、
主人公は党に捕まり、思想教育の為に徹底的に拷問を受け、思想を破壊され
最終的に党に忠誠を誓う人間になって「ありがとう」(ニッコリと党に感謝
で終わる、という感じでした。

これが軸になっていますが、舞台進行はかなり複雑で
若干難解なストーリー展開でした。

まず時系列について。
未来の2050年の人々が1984年に書かれたという書物を読んでいるという設定で、
かかれた当時のことを振り返るような感じですが、
舞台上ではおそらく時系列がコロコロ変わっていて、
未来から過去を考察しているお話しだと思ってみていたら、
未来と過去が現在に同居しているのか(誰かの精神世界なのか)
いや、過去から未来を考察しているのか
過去のさらに過去の話なのか、つまりこれは無限ループもののようにも見えて
だんだんわからなくなってきました。

また、同じような場面が何度も繰り返されたりします。
(食事のシーン、古道具屋?での会話など)
これにも混乱しましたが、同じ流れ、同じ内容の会話が繰り返されながら
少しずつ違う部分もあるので、
これは主人公の精神世界の中で延々繰り返されているのか、
この人々は言論統制され過ぎて、同じような内容しか話せない、
つまり同じ内容ばかり話すことが当たりまえの世界を描いているのか、
やはり主人公が記憶を何度も呼び戻しているうちに
あいまいな部分から崩れていっているのか、
いろんな解釈ができるようになっていましたが、どれが正解なのかは分かりませんでした。

舞台の序盤から、(最後に出てくる拷問シーンで拷問を行う)男の声、姿がチラチラと挟まるので
おそらく101号室で拷問を受け続けている主人公の精神世界なのかな?と思っていますが
ぜったいそうとは言い切れない。
解釈の余白をかなり残しているというか、確定的なことが少ないので、
見ている側は好きなように解釈できてしまう。
この自由度の高さと混乱による落ち着かなさも、
鑑賞中もその後も拭えない、ぞわぞわとした不安の一端を担っている気がします。
こういうナゾ部分は原作を読めば解るのかな??

また、この舞台のわかりやすいエグさについては
観客は拷問や処刑の瞬間などを生々しく目撃していくので
猟奇的というかスプラッタというか、そういう点でも見ていて痛いし辛い。
私は「ひぐらしのなく頃に」的な猟奇殺人ものなんかをワクワクして観ちゃうタチなので
スプラッタとかホラーの耐性は割と持っているつもりでしたが、
それはあくまでアニメや映像、活字の世界の話であって
実際に自分の目の前で行われるとこうも違うのか、と
目を背けたくなるシーンの連続にかなりダメージを喰らったのでした。

特に拷問のシーンは、主人公(井上よしお氏)が拘束された状態で
爪をはがされたり、歯を抜かれたり、
電気ショックを与えられたり、見ていて「痛い痛い痛いやめてやめてやめて」な拷問に、
血のりもポタポタたらたら。
真っ白な舞台セットに血が映える映える(錯乱
最終的には彼が最もおそれる「ねずみ」が持ちこまれ
腹を空かせたねずみに彼の顔をかじらせるという拷問まで。
(これは未遂に終わりますが)

拷問のシーンは、やっていることの凄惨さに加え
主人公が「愛」を口にした後に、
彼が最も恐れるねずみによる拷問を突き付けられ、
あまりの恐怖に錯乱し、
ついに「自分じゃなくて恋人に(この拷問をやってくれ)」と口走ってしまう恐ろしさよ、、、。
恐らく、あれは彼が最後まで信じていた自分の中に存在する「愛」そのものを
自分の為に、自分自身の手で壊した瞬間だったんですね。
それをきっかけに、自我が壊れ、体制に反するという信念や概念を失くしていく様子にも戦慄しました。

肉体的に痛めつけられるだけでなく
精神を根本的に破壊され、アイデンティティも何もかもを自分自身で踏みつぶさせ
空っぽになった状態で、「党」の精神を注ぎ込み、
自分自身に心からの「ありがとう」を言わせてしまう、このおぞましさたるや、、、

---

物語序盤の処刑シーンの話ですが、
「思考犯罪」を犯した人が、満面の笑みで党へ心から「ありがとう」と感謝を述べ
その言葉を最後に背後から銃殺される処刑の生々しい実況中継映像が流され、
主人公や周りの人たちは拍手喝采でそれを見ていました。

しかし、最終的に主人公も、その処刑された人と同じ道をたどっていくわけです。
思考犯罪を犯しながらも、徹底した拷問によって精神を破壊された後、
新しい思想を流し込まれたのでしょうか、
舞台の最後には主人公は「ありがとう」と述べていたと思います。(このあたり若干うろ覚えですが)

拷問の最中に拷問を執行していた男のセリフには色々と戦慄させられましたが、
その中で出てきた
「思考犯罪を犯した人をそのまま処刑しない、
 処刑するのは(拷問を行い、精神を破壊し、)精神を入れ替えた後」
という言葉がいかにも残酷でした。
楽には死なせないってことなんでしょうし、
わざわざ思想を入れ替えさせた状態で
処刑の様子を衆目にさらすことにもちゃんと目的があるのですね、もうやだ、、、やめて、、、。

また、記録と記憶という切り口について。
主人公は、おそらくは思考犯罪を犯した人に関するあらゆる記録を
全てのコンピュータ(だと思います)内から削除する仕事をしていました。
つまり、記録上その人は「初めからこの世に存在しなかった」ことになる。
これほど恐ろしい処罰は無いのではないでしょうか。

また、その仕事の中で、ある犯罪の犯人とされる複数名が
実は犯罪を起こすことはできなかった、つまり真犯人ではなかったことを裏付ける
アリバイ的な画像を目にしたことをきっかけに
党への疑問と、それを消去している自分の行為の重大さと
その意味に気づくことになったようです。

また、結局彼が書いた物は残りつつ、彼の記録は消されてしまいますので
ラストの「未来の読書会」には
「この書物書いた人は存在していたのか」みたいな話がチラリと出ますが
こうなってくると、書物そのものが本物なのか、的な思考となり
じゃあ、現代で、私たちが過去を知る為読んでいるあらゆる書物、
例えば歴史的な文献なんかはどうなの?
実は過去に偽造されたものだとして、それを知る手立ては無いんじゃ?とか
考え出すと色々と怖くなる系のテーマを投げかけられたような気がします。

また、未来の読書会の井上さんの役柄は、過去の主人公と重なっているように見えて
結局何も変わっていない、やっぱり無限ループ系なのか、と
ぐぐっと重たいものを渡された気分になりました。

とまあ、色々書きましたが
原作の小説を知らないので、あくまで舞台を見てパッと感じたことですので
実は色々違っていたらごめんなさい。
毒を喰らわば皿まで、ということで
こうなったら原作を読んでみようと、舞台の帰り道にそのまま書店に立ち寄り
小説を買ってきたのでしたw
正直に言うと、しばらく置いといて、
もうちょっと自分のメンタルが回復してから読みたいw
自分の心に相談しながら読み進めたいと思います。

また、演出や舞台美術についてどうしても書いておきたい。

演出も舞台美術も、どちらもめっちゃ好みで、素晴らしく良かったです。
極限まで絞られたシンプルな舞台空間で、元々こういうのが好きな私としてはドンピシャ。
話が複雑かつ見ているこっちは一生懸命食いついて集中力が要る分、
舞台空間がシンプルでその役割が極限まで研ぎ澄まされていて
役者さんがしっかり際立って、かつ、質素かつ閉塞的な世界観が迫ってきて
とにかくすっごく良かったです。
映像を使った演出が多用されていますが、
それも単なる背景などの安直な使い方じゃなく、
しっかりその意味と効果、役割を持たせたものです。
こうやって考えられた映像の使い方はむしろ素晴らしく、
なるほどこの映像を見ている私たちは
いつのまにか「監視している側」にさせられていたのでした。
つまり、無理やり舞台の世界に参加させられている構造になっています。
それに気づいたときは内心「うひゃーー!そういうことかああ!!」とシャッポを脱ぎましたw
いやあ、こういう映像の使い方は恐ろしい、
実はじわじわと巻き込まれていたなんて、、、やめてえええええ(怖い

また、音や光について。
始まる前には完全暗転で、真っ暗闇になります。
その後の暗転も「完全な闇」で、
よくある劇場のように非常口灯や足元灯で
暗転時も足元や通路がほんのり明るい、ってことは全くないです。
全く明かりのない真の暗闇っていうのを久々に体験しました。
そこから舞台が始まったり、舞台が転換されたりした後にホッとする、、、かと思いきや、
突き付けられるのは救いが感じられない閉塞感の強い世界なので
息が詰まりそうな辛さを感じるのです。
また暗転時などに、心臓の音なのか、電車の音なのかわかりませんが
ドクドク・ゴトゴト、何とも言えない音が一定のリズムを刻みながら迫ってきたり
銃声や電気ショックの瞬間の音、
他にもどことなく不安になる音が何度も出てきて
まさに、目、耳、肌にも感じる、不安感のミルフィーユや~!(辛い、、

今思い出したのですが、拷問のシーンで、
暗転の後に拷問部屋が舞台前面に迫ってきたのもゾッとしました。
拷問部屋は真っ白な箱のような空間で、
最初は舞台奥というか、たぶん舞台の奥行的に真ん中ぐらいに位置しており
そこで拷問が行われるのですが、、、
暗転を経て、
そのセットが丸ごと舞台のかなり前面に移動してくるのです。
つまり、さっきまで舞台奥で行われていたものが、
暗転を経て、すぐ目の前に迫り、さらに凄惨なものが始まる(涙
「目を背けないでしっかり見ろ」ってことなの?!
もうやだあああああ(涙
拷問の場面では、防護服にガスマスクのようなものを身に着けた複数名が
拷問の助手として存在しつつ、拷問を傍観していて
中でも小柄な(恐らく子供ではないかしら)一人が
一番最後まで拷問部屋の前に残って拷問をじっと見ていてね、
彼らの存在も不気味。

そして、客席から拷問を傍観している私の心境も恐ろしい。
私自身が恐ろしい。

本気で嫌がり死に物狂いな主人公を見ながら
「もう見たくない、やめてやめて」という思いが振り切れた瞬間、
主人公に対して
「もういい、もういいから!さっさと屈しちゃえば楽になれるのに!」と
ちょっぴり思ってしまう自分がいたのです。
つまり、
あのまま顔の肉を余さずねずみに齧られるのと、
党に屈するの、
今目の前で見たくないのはどっちか?!
ってことでしょうか。
何が正義なのか、その正義を考える自分の物差しとは何なのか、
短時間でググググっと突き付けられて自分の愚かさや不安定さを見つめることにもなります。

全体を通して、
「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらを~」
というのがピッタリとくる舞台でした。

あまりに強烈でおぞましい不安を覗いたために、
私自身もそれに侵されてしまった。

そして、あの世界の内容と、現代の世の中を比べてみたときに、
「一体何が違うというのか」

もう見たくないけど、いつかもう一度見たい。
小説を読んでみたいけど、もう読みたくない。

強烈な爪痕を残された、恐ろしい破壊力を持った舞台でした。

素敵な、、舞台を、、、
ありがとうございました(涙目


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